第1回エキマチ下関まちづくり勉強会「山崎 亮さんに学ぶ コミュニティデザイン」が2015年9月25日に開催されました。

地域の課題を地域に住む人たちが解決する手法として注目される「コミュニティデザイン」の第一人者、山崎 亮さんをエキマチ下関にお迎えした勉強会を9月25日(金)15:00~17:00、シーモールホールにて開催しました。

市民と一緒にまちづくりを進めるには、まずはその受け皿となる協議会のメンバーや周辺の事業者、行政関係者など、自分たちが自分ごととしてまちづくりに取り組むことから始めようという趣旨での開催です。

コミュニティデザインとはに始まったお話は、その実例としてあがった鹿児島マルヤガーデンズの取り組みなどを詳細に伺い、約30名の参加者は、山崎さんの熱のこもったお話にすっかり魅了されたようでした。

今後のエキマチ下関の取り組みは、どのような方向に進むべきなのか、本当にこれからが楽しみになりそうな予感がします。

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第1回エキマチ下関 まちづくり勉強会 講演録(抜粋)

『山崎 亮さんに学ぶ コミュ二ティデザイン』

平成27年9月25日(金)15:00~17:00

シーモールホール (シーモール専門店街 4F)

○山崎:こんにちは。ご紹介いただきました山崎亮です。

何をお話しようかなと思いながら。すみません、こんな格好で。昨日は台中(台中市)だったんですけど、台中というのはすごく暑い場所で、台北の南のほうです。これも台湾のメーカーの靴なんですけど、靴下と靴が一緒になっています。黄色いやつは靴下で洗えるやつで・・・そんな話をしていたら長くなりますね。そういうところから来たので、たまたまということでお許しください。

こんな話をしながら皆さんの表情を見ています。今日は皆さん、観察されていると思ってくださいね。ぴくりとも笑わないなとか、僕のほうをじっと見ているな、メモを取っているなとか、そういうのを見ながら、何の話をしようか決めることにしたいと思います。

最近、「有識者」と言われることが多くなって、今日はどうご案内されているか分かりませんが、有識者と呼ばれる人は、自分は分かっていると勘違いしているだけの人ですので、ぜひとも僕は有識者にはなりたくない、現場の人間でありたいと思っています。ときには、そんな発言に聞こえてしまうところがあるかもしれませんが、その辺は聞き流していただいて、大きなところが分かっていただければと思います。

僕は講演を頼まれた場合、事前に内容を決めることはやめたんですね。パワーポイントという、オレンジ色のぶつぶつになっていますが、こういうのを使っています。白いところは技能編で難しい話で、話としては面白くなくて、あまり使いたくないところです。オレンジは僕らが関わったプロジェクトです。まだ全部は完成していませんが、名前が入っているところは僕らが関わったプロジェクトです。

今日は皆さんの顔を見ながら、この人たちには佐賀の例がいいかなと思うと佐賀のほうにいきますし、笠岡の産業振興ビジョンがいいかなと思うと笠岡の話になります。その日、会場に集まった人たちがどんなことに興味がありそうか見ながら話をして、つまらなそうな顔をしたら別の話をすることにしています。皆さんも仕事で、こういう資料を説明したりするでしょう。プレゼンで20分もらって、40枚ぐらい資料を用意したけど、10枚ぐらいでみんなが全然つまらないという顔をしている場合、残り30枚あるのにどうしようみたいな問題があるんです。あらかじめ用意するというのは、なかなか難しくて、やはりあっちの話題のほうがよかったかなと思っても、途中から話が変えられない。それがすごく嫌で、これに変えました。これだと、どの話をしていても、途中でみんなが興味なさそうな顔したら、話を切り上げて別の話題で勝負することができますから。

今日も、皆さんの反応次第で、話を長くするのか、短くするのかを決めます。だから面白かったら、興味があるという顔をしてください。これ分かると、うなづいてもらったらいいです。興味がない場合は興味ないという顔をしてください。寝るとか、いびきをかいてもいいです。すぐにやめて別の話をしようと思っています。こんな話をしながらも皆さんのうなづき具合だとか、渋い顔とか見ているんですけど。何の話から始めましょうか。

まず、こうしたら儲かりますという話については、僕がきっちり皆さんの仕事を把握しているわけではないので、僕にできない話だと思います。

ただ、呼んでいただいたのが中心市街地活性化のようなので、中心市街地活性化というのは要するに、そこで働いている職業、産業の方々が儲かるために税金を使っているわけではないことは、皆さんがよくご存じのとおりです。商店街の活性化ではないですから。中心市街地というのは、要するに街の真ん中にたまたま中心市街地がある。そこに商業があって、物販があって、文化があって、飲食があって、駅があってもいい。住居があっても、病院があっても学校があってもいい。そこが中心市街地なんです。その中心市街地が元気になることが、街全体にとって元気になるということであれば、そこに学校があるのなら、学校を支援するのが中心市街地活性化ですし、高齢者施設の病院があるのなら、それを応援するのが中心市街地活性化なんです。しかし、その業務を応援するんじゃなくて、その地域の方々が中心に来て、公益的なメリットを享受することができるようにする。だから、どうすれば皆さんの会社の売上が上がるかという話はできないし、するべきでもないと思います。今回は、そういう勉強会ではないと思っています。

ということで、これからいってみましょうか。これは、世界保健機構(WHO)がやっている「最低限、途上国でも守ってほしい働き方、生き方の目安」です。一日24時間を単純に3で割って、「かせぎ」と「あそび」と「やすみ」の3つにしましょうと。WHOの場合は、これをワークとかリクリエーションと言っていますが、基本はこうです。

日本もこれを守ろうとしているわけです。稼ぎに当たる部分の仕事は、一日8時間で、残り8時間は遊びの時間、お風呂とか睡眠は休みの時間。概ね、これを目安にしようということです。うちの事務所のメンバーは、これではなくて、6時間ずつ4つに分けたらどうだろうと。稼ぎは6時間にして、人間として生まれてきた以上、果すべき務めがある。下関でこれからも生きていく覚悟を決めているなら、あるいは皆さんが家庭の中の役割として、やっていくことがあるなら、あるいは幕末の長州のように、ひとたび生を受けたからには、こんなふうに自分の人生を使いたいと覚悟を決めている人がいるなら、務めをどう果たすかということも大事です。それを6時間やりなさいと。そして、それを効率よくするためには、一日6時間は学びの時間をつくったほうがいい。学びの時間できっちりと、稼ぎについて、これから世の中がどうなっていくのか見据えることができるし、務めについても自分が何をなすべきか分かってくる。だから学びの時間も毎日6時間あったほうがいい。左側のWHOのが駄目と言っているわけでないのですが、これはアフリカあたりの途上国で、ずっと働かせ続けている人たちに対して警鐘を鳴らすために一応8時間となりましたが、理想ではなく、最低限守ってもらいたいことです。僕らは途上国で生きているわけではないので、もっと理想的な生き方でいいんじゃないかということで、うちの事務所では、6時間ずつ4つにしようと決めています。重要なのは、この務めの部分です。これには務めは入っていないですから。

中心市街地活性化の話に戻します。皆さんは職業として、お店の経営やショッピングセンターの経営をされていると思いますが、商店街の活性化や店舗の活性化、自分のところの売上を上げるという意味で、稼ぎはきっちりやらないといけない。そのためには、毎日しっかり学ばないといけません。そこで学んだものが、きっちりと稼ぎのほうにかえっていく。これはすごく重要なことだと思います。

主に中心市街地活性化といわれる事業については、務めのほうでやっていくことです。皆さんが、市の中心部で生計を立てている以上、果たさなければいけない務めです。これが集落のほうに行けば、この務めは、例えば「草刈り」です。わらなどを置いておく共有地はみんなで草を刈らなきゃいけない。道路もそうです。道普請(みちぶしん)と言って、自分たちで道を叩いて道路を作っています。下関では、別に草刈りはみんなでやらなくていいし、道路だってアスファルトが敷いてあるわけですから、自分たちでやらなきゃいけないわけじゃない。

ではシーモールにいる方々は、何が務めなんですか。6時間、毎日その務めを果たしていますか。少なくとも、この2時間はここに来て果たしているかもしれない。ひょっとしたら、これは務めかもしれないし、学びかもしれませんが。毎日、結構な時間を取れるとすれば、その積み重ねで街が元気にならないはずがないという気がします。そんなにわれわれ日本人の能力は低くないと思います。

これから先は押し売りで、皆さんにお話しするような話ではないのですが、うちの事務所のスタッフに言っているのは、できれば遊びのように仕事をしてほしいと思います。楽しい方向に稼ぎもしてほしいし、楽しい方向に務めも果たしてほしい。そして、学ぶこと自体が知的好奇心として、楽しいことになれば、一日18時間遊びに遊んで、あと6時間は休みなさい。そして明日からまた18時間あそぶための作戦を練るというのが、うちの事務所が理想とする生き方です。一応、僕もそれを実践しようと思っていますので、今日も一応、仕事で来ていますが、遊びの一環として話ができたらいいなと思っています。そんな不真面目な話をしに来やがってと、お叱りの声もあるかもしれませんが、その場合は事務局の方ではなくて、僕を責めてください。こんな人間でも来てしまいましたので、何かちょっとでも楽しい話で、その楽しい中に、ちょっと真面目があったかなとか、務めを果たすという意味が少し見えてきたかなと思ってもらえれば、われわれと皆さんとの考え方が合致するところではないかと思っています。

最初にこの話をしたのは、この稼ぎのところについてアドバイスをしにきたのではないことを強調しておきたいからです。どうすれば売上が上がるのかと言われても、困ってしまうわけです。務めを果たす中で結果的に、稼ぎの人たちの努力で、そこに集まった人たちをお客様として引き入れることができたら、それはその人たちの稼ぎの腕前です。みんなが欲しいと思っている商品、みんなが今一番食べたいと思うものをそこに用意することができれば、それは稼ぎになります。そのことは学びの中からどんどん展開していけばいいのですが、総務省が、財務省から税金をもらって中心市街地活性化を展開するのは、皆さんの稼ぎを増やすためではなくて、街なかを元気にしていくためです。それは皆さんが今活躍されている場所に、地域の方、あるいは地域の外の方々が来たときに、「ここに来てよかったな」と、包括的にメリットを感じることができることが重要なのです。

売上が上がるかどうかで、中心市街地活性化のプロジェクトを判断し始めると、両方とも駄目になっていくと思います。そんなプロジェクトをやって、うちの店の売上が上がるのかというと、それは務めの話を稼ぎに持ってきていることになります。毎日、土を叩いて道をつくることが、うちの田んぼの収穫量を上げるのかというのとほとんど同じです。

穂が実るかどうかは皆さんの実力次第です。それについても、学ばなければいけないということです。

中心市街地活性化というのは、それが渾然一体となっているので、ちょっと分かりにくいんです。でも税金は、皆さんの売上を上げるために使われるものではありません。そこが一緒になってしまうと、本当にやりにくくなってしまいます。それは、やっている本人たちがやりにくくなると同時に、稼ぎをしっかりやろうと思っている人たちが、勢いをそがれることがあるんです。補助金が入ってきて、売上が上がると思って、こんなイベントを打ちましたとなると、完全にデフレスパイラルです。ひどいところだと、商店街のおじさんが自分の店を閉めて、一生懸命イベントの準備をやっていて、店が開いてないから売上が上がるわけがない。店を開けて、イベントに来た人たちが欲しいと思う商品を持ってきていないと、それは稼ぎを真剣にやらないということになってしまいます。務めのほうも、稼ぎのほうも、過度に引っ付けないことが重要です。

こんなに真面目な話をしているのに、皆さん、よく起きていますね。僕が見てきたところは、すごい田舎が多いんです。今日は下関に来て、まだまだ都会だな、まだまだ元気だなと思いました。元気な状態だと、どこの街でも綱引きするんです。要するに切羽詰まってない。まだあと5年は食っていけると思っているから、明日食べるものもないような街とは、ちょっと違う雰囲気があって、それはそれでまた難しいところがあると思います。僕らが中山間・離島地域に寄らせていただくと、会場に集まった50人のなかで一番若い人が75歳というのがほとんどです。それを思うと、今日集まってくれた方々というのはすごく若いです。80歳以上の方々が集まったところでは、3分に1回は笑いを入れないと絶対話を聞いてくれないですから。今日、素晴らしいなと思うのは、ずっとみんな背筋伸ばして、メモを取って話を聞いているんですね。

このぐらいで話をやめて、みんなで話し合いにしてみますか。それもまずいかな。まだ一般論しか話してないので、自分がやったプロジェクトを1つ2つ紹介してから、話し合いを始めましょうか。

(中略)

デパートの構造については、皆さん専門なので、お話するまでもないと思いますが、それぞれのテナントさんが商品やサービスを一生懸命に発信して、一般のお客様をいかに自分のデパートのお得意様にするかが重要なことですね。このお得意様になった部分を広げていかないといけないのですが、今や、デパートに行かないという人たちが圧倒的に多いわけです。本も、服も全部クリックで買えばいい。夕方6時までにクリックすれば、翌日10時に届くというのが原則になっています。みんな自分の身長と体重を入れたアバターをネット上に置いておいて、似合いそうだったらクリックすればいいということになっています。その時代に、デパートまで足を運んでもらうということは至難の技です。商品やサービスを一生懸命発信しても、この人たちは来ないようになっているわけですから。

では、どうすればこの人たちが足を運んでくれるかということで、われわれは、地域のコミュニティの方々が、公民館のように、デパートの中でいろいろな活動をするというのはどうだろうと。団体が何か活動すると、10人か20人ぐらいの人しか来ませんが、この人たちは、今までデパートに来た層とは違う人たちが来てくれることになると言えます。地域のコミュティの方々が来てくれて、何かの活動をして、その活動に参加した人たちが、帰りにちょっとお茶して帰るとか、お土産を買って帰るような人の流れをもう1個つくったらどうだろう。こっちが要らないというわけではないんです。これは大事です。テナント、商品、サービス、これは今みんなが何を求めているかを、常に勉強しなきゃいけない。テナントのリーシングも、販売促進も、PRもどんどんやらなきゃいけない。でもそれだけやっていればいいという時代ではなくなってきたので、コミュニティの活動をデパートが支援することは、結構大事じゃないかと。

(中略)

皆さんご存じだと思いますけど、今、服の店は、返却する送料は無料にしていますので、残念ながら僕も結構使うことが多いです。ホテル暮らしなので、服が足りなくなったら、気になる服を20着ぐらい注文して送ってもらいます。一応、20着分のお金が引き落とされますが、これは着ないというものがあれば、タグが付いたまま、返送用の袋で送り返すと返金されます。試着室を用意するのではなくて、皆さんの自宅を試着室にすればいいという発想です。僕は結局、1着か2着しか買いません。今日から3日間、熊本だな、今日から1週間台湾だと思えば、そこに送ってもらって、着たいものを着て、着ないものは全部返します。

でも、もし僕が、地元に応援したいような商業施設があるなら、例えば下関のシーモールを応援したい、マルヤガーデンズを応援したいと思うなら、こんな東京資本に流れていくようなお金の使い方はしたくないです。ふるさと納税がやるように、やはり地域経済にお金を流したいと思います。そういう、応援されるような商業施設になっているかどうか。先ほど小難しく、公共性などという言葉を使いましたが、民間の商業施設が公共性を持つことができるかどうかは、すごく重要だと思います。

(中略)

日本の人口が増加していた時代は、そんなまどろっこしいことを考える必要はなかったわけです。物は足りないし、とにかく売らなきゃいけなかったですから。あの糸井重里さんが「ほしいものが、ほしいわ」(1988年の西武百貨店のコピー)というコピーを考える時代までは、みんな欲しいものが決まっていたんです。冷蔵庫もクーラーも、車も欲しかったし、新しい服もジーンズも欲しかった。でも、もう要らないんです。欲しいものがないんです、これからの若い人たちは。インターネットで注文して、欲しいものだけ残して返品するということすら、もう古くなっているかもしれません。今の若い子たちは、もっと違う買い物の仕方をしているかもしれません。

その若い子たちが30代、40代になって、一番お金の決済の権限を持つようになってきますので、今の売り方だけで、これからずっとやっていけるかというと、ご存じのとおり、その人たちはお金を使わない層になっていき、その人たちの一群が抜けて、われわれも次に抜けると。団塊の世代のジュニアが抜けることになれば、そこから先のマーケットというのは、地域経済という意味では、あまり希望がない状態です。商業が公共性を持つということを、みんなが理解して応援するという状態にならなくては、なかなかうまく回っていかないような気がします。

(中略)

お得意様を上げていくというときに、ポイントカードをつくるぐらいのロイヤリティーだとなかなか難しいです。ポイントは楽天のほうが、利率がいいんです。ポイント還元とか、経済の仕組みだけで人をつなぎ留めるのは、今、メガストアでも、イオンもジャスコも苦戦しています。

では、どうするのか。今、インターネットのマーケットがものすごく大きくなっていますから、人と人がつながっていって、「あの人のところから買いたい」「あそこの場所で私はメリットを得ているから、何かやるのならあそこでやりたい」と思ってもらえる関係性をつくっていくことです。それができるかどうかが、これから商業施設をやっていく上で重要になってきます。

(中略)

東京の立川市では、まんがのコミュニティをつくった例があります。立川はまんがの聖地なんです。子ども未来センターみたいな建物があって、まんがのプログラムと市民活動を結び付けたらどうかということで、サッカーのまんがと、サッカークラブがくっ付いて何かプログラムをやる。囲碁のまんがと、囲碁教室が結び付いてプログラムをやる。料理教室と、『おいしんぼ』が結び付いて何かやる。そういう既存のプログラムの中に、地域コミュニティがどういうふうに入り込んでいくか。だから、この地域のコミュニティは勉強しないといけないんですね。サッカー教室で『キャプテン翼』のこととか、今まではあまり研究していなかったんですけど、彼らは全巻買って少しずつ勉強して、この中で自分たちが子どもたちと一緒にできそうなことを一緒に話し合って、そこで生み出したプログラムをやっています。

例えば商業施設なら、料理とか書籍とか、いろいろなコンテンツを持っています。市民活動もたくさんテーマを持っています。料理教室をやっている人もいるし、サッカーをやっている人もいます。映画とか、音楽が好きな人たちもいます。どこかとどこかがつながっていくと、市民活動団体が商業施設の中に入ってプログラムをやりたいという話になってくる。ここが重要なんです。

もう1回確認します。これは、商業施設の売上を伸ばすためにやっているわけではないというところが大事です。むしろ、市民活動団体の方々が、生き生きと生涯学習活動として、中心市街地で活動できることが大事です。それが公共的な役割を持っているからです。今日は、市役所の方が来ているかもしれませんが、市役所の方々に説明するときには、そして市が県や国に説明するときには、地域のコミュニティ活動の方々が、下関の駅前まで来て、駅前広場でこういう活動をすることにどういう意味があるのか。地域の売上が上がるとか、売上が上がると税収が上がるとか、野暮な説明をするのではなくて、彼らがここへ来て、新しく人とつながることや、社会教育の部局がやるようなことを実地でやっているんだと言うことです。

例えば、最近のハーバード大学の研究では、作り笑顔の寿命は2年ということが分かったそうです。作り笑顔は2年で崩れるということなんです。本気で笑えば何年かというと、7年ぐらいらしいです。

これは、『友達の数で寿命が決まる』という石川さん(石川善樹)という人が書いた本です。僕はこの本が大好きで、ここにちょっと書きましたけれど、「孤独は喫煙より体に悪い」。だから禁煙するより、誰かとつながったほうが長生きするんです。お見舞いに来てくれる人の数で余命が変わるというのが、研究の結果で分かっているらしいです。だから、例えば人工地盤の上でいろいろなプログラムをやって、務めの時間を使って、仕事と関係のない人たちとチームをつくっていく。そしていざ入院したときにお見舞いに来てくれる関係性をつくる。これが寿命を延ばすことになる。町内会の役員も、健康にいいことが分かってきています。この協議会の会長も、健康にいいと思いますよ。あまり早くやめようと思わないほうがいいです。長く続けて元気でいてください。

しっかり地域に出て行って、つながって笑顔になること。これは行政としては喫緊の課題です。今、平均寿命と健康寿命の間は、男女ともに10年あります。複合疾患を抱えたまま、10年生きないといけないんです。後半の3年については、ほぼ寝たきりに近い状態になりながら、生きないといけない。こんなに幸福度が下がるような人生でいいのか。欧米が何でもいいと言うつもりはないですが、欧米の人たちはアンケートを取ると、幸せ度がU字曲線なんです。つまり、何にも知らない子どもの0歳から10歳までは、ものすごく高いんです。そして10歳、20歳、30歳と社会を知ってくるにしたがって、世知辛い世の中だなということで下がってくるんです。しかし、これが60歳、70歳、80歳と、ハッピータイムに上がるんです。これをどうつくるかが、超長寿社会になるとすごく重要です。

日本は、もうご存じのとおりです。U字型じゃなくて、L字型と言われています。同じように何も知らない幼少期はみんなハッピーです。物が分かってくると、だんだん不幸せになるんですが、最後も、みんな幸せそうじゃない老後というのも分かっていて、ずっと下がったままなんです。僕は何とかしてこれを上げたいと思っています。これが健康寿命と平均寿命をいかに縮めるかなんですね。

ぴんぴんコロリと言われますけれども、どうすれば健康で楽しくずっと生き続けられるのか。国が、医療、福祉、介護を全部合わせて40兆円もお金を使わないといけない。これには医療費とか介護保険料とかも入っていますけど。でも、このままいくと、団塊の世代が75歳になる2025年には、何らかの疾患を抱えて生きていくという10年間を、団塊の世代の人たちが経験することになります。医療費も介護費も跳ね上がります。でも、その人たちにぜひとも健康寿命を延ばしてほしい。そんなにやすやすと寝たきりになってもらいたくない。それは別に愛があるからだけではないです。もちろん愛も若干あります。頑張って高度経済成長を支えてくれた人たちに感謝しないわけがない。こんなにクリックで買えるような世の中になったわけですから。

でも、彼らがU字型を戻してくれるようなライフスタイルをつくってくれないと、団塊ジュニアの僕らは希望が持てないんです。格好よく、おしゃれに老後を楽しんで生きてもらいたい。先ほどの「あそび」「まなび」「かせぎ」をすべてミックスさせて、世の中のために、後輩たちのために、自分たちが楽しみながら、学びながら、いいことを残して去っていくという画期的な答えを出してくれないと、どんどん僕らの将来は暗いものになってくる。だから、ぜひともそういうことをやってもらいたいと思いますし、それが公共性の一部だと思います。

中心市街地活性化でやらないといけないテーマの例を挙げるとしたら、社会教育もそうだし、学校教育も、社会福祉も、医療費削減もそうですが、売上を上げることではないと思います。ただし、そういうことで集まってきた人たちが欲しいと思う商品やサービスを、そこに提供するのは、商業者の知恵です。それは皆さんの経営的センスですから、そこは十分に発揮してもらえばいいと思います。中心市街地活性化が何のために役立つのかを、皆さんの頭の中で、稼ぎ、務めで整理しながら、やるべき内容を考えてもらったらいいと思います。それをやろうと思っている協議会に対して、「それで売上が上がるのか」と言うことに対しては「もっと勉強しろよ」と言わざるを得ないと思います。

(中略)

  • 質問:中心市街地活性化が、商業施設の売上のためではなく、務めとしてやることだという点は理解できたが、中心市街地活性化のキーワードはどういうものか。

○山崎:例えば、中山間地域の方々が作物をつくっていて、その中山間地域の方々が中心市街地に出してきて、それを販売することになるとすれば、これはさっき言っていたことと、ちょっと矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、そういうことをやるのが中心市街地活性化の役割だと思うんです。つまり、中心市街地の商業の売上を上げるためではなくて、市として、市の中で中心市街地という場所が大事だと思うから、予算を組んで資本投下するわけですので、中心が元気になればいいのではなく、市全体が元気になることが基本です。そのために中心をどう機能させるかということになります。例えば下関なら、下関市の中で漁業や農業をやっている人たちが、中心市街地で何か販売したい、それを中心の人たちが応援するのであれば、それは中心市街地活性化の事業になるだろうと思います。中心市街地を元気にさせるために、スターバックスを呼ぶというのは、中心市街地だけの元気になると思うので、それはまたちょっと違います。これはすごく難しいところです。さらに拡大解釈して、スターバックスが中心市街地に入ることが、下関市みんなにとって利益があるというのなら、それにお金を使うことが、中心市街地の事業になるんです。つまり、公共的な役割として中心市街地にどういう機能を持たせるかが、中心市街地活性化の論理です。

先ほど、中心市街地で社会福祉をやるとか、医療とか、社会教育とか、ちょっと極端な例を言いましたが、それぐらいの意識を持って、例えば、中心市街地にどういう店を出すのか、どういうイベントを打つのかを考えないといけない。そのイベントで個店の売上が伸びるのかどうかと結び付けられると、中心市街地活性化は、そのためにお金を出しているわけではないという話になります。そんな感じです。

だから、本当に医療とかを望んでいるのなら、医療機能なども中心市街地のテーマの一つとして重視しないといけない。本当に、商業は全部インターネットに任せていいというぐらいの時代になれば、中心市街地というのは、高齢の方々が歩いて回って、買い物もできる機能を持てばいいということです。そうなれば、ほとんど空き店舗にして、この中に特養とかデイサービスとかを全部入れて、買い物しやすいような高齢社会をつくることが、中心市街地活性化の役割かもしれません。商店街を全部図書館に変えて、テーマごとに本を並べて、ここの商店街を図書館にコンバートするというのが、中心市街地活性化になるかもしれません。図書館の中に店が結構あるという商店街ができる。そういう感じです。

思い切って言えば、中心市街地活性化の事業の中から、そういうモデルが出てくるといいと思います。総合病院を核として、商店街の中に内科、外科、整形外科も全部入れて、そこにはまだ残っている店舗もあるわけです。だから、病院にしては、割とお店が多いというものをつくることができたら、まったく新しい中心市街地活性化の事業になると思います。そこまで大胆にいけないにしても、中心市街地活性化の税金を使って、何かをやろうと思うのなら、極端に言えば、そういうことをやって、街の中心の機能を果たしていくことが、中心市街地活性化の役割じゃないかなと思います。

(中略)

  • 質問:官民一体となってプロジェクトを進めていることが多いようだが・・・。

○山崎:われわれの仕事は、だいたい8割ぐらいが行政から依頼されることが多いんです。ですから、どうしても行政と一緒に仕事をするのが多くなるというのはあると思います。

行政の側から言うと、もう住民参加で進めないと、どうしようもないという時代になってきているので、今までは実は、民も官もそれぞれでやっていて、官は官で入札して業者に委託して、官の仕事だけやってきた。民はとにかく利益だけ出ればいいというところがあった。さっき言った、官も民も稼ぎしかやらないという時代が、特に、日本の戦後の都市部には多くなっていたわけです。稼いでさえいれば、務めを果たせていると思ったわけです。なぜかと言うと、そうやって税金を納めているからです。だけど、はたと気付いたんです、そうではないと。務めとして税金を払うのだったら、消費税では20%ぐらいにならないといけないことが分かってきたわけです。今はこれです。経済的に保守主義という社会になるんですが。ここに隙間が空いていますね。だから、うまく機能していない場合が多いです。この隙間をどうやって埋めていくのかというときに、全部、行政の仕事として税金でやるという社会民主主義の方向に移行することもできます。いわゆる大きな政府と言われるものです。医療費も無料、小学校も無料。その代わり消費税は25%、法人税は50%という話になってしまいます。これだけ政府のやることがあると、市場、民間の役割はすごく小さくていい。日本がこちらを目指すかというと、これはありません。こんな大きな政府をつくっていこうなどと思っていない。

一方で、自由主義国みたいなアメリカなどはこっちです。政府は小さくしておけばいい。足りないことがあれば、誰かが起業してビジネスとしてやってくれる。その結果が、ピケティたちが指摘しているように、この50年間で総じて格差が大きくなっている。つまり、民間でやればいいというのは、民間の社会福祉にお金が出せない人、塾に通えない人は見捨てるしかない。これもあまり幸せではない。これでは右にも左にも行けない。何か違うやり方はないのかといったときに、この緑色のところは、「家族」と書いてありますけど、人のつながりでここを埋められないのか。家族でそんな役割はできないので、何か新しい共同体をつくって、ここを埋めていくという方法はないだろうかというのが、修正された保守主義というものです。今の現状をちょっと修正してみたらどうかと。

つまり、税金をものすごく払うのか、民間企業に全部やってもらって、お金を払えない人はひもじい生活をするのか。そのどちらかを選ぶのか、それともわれわれが協力して、行政の仕事も、民間の仕事も一緒にやる新しい公共性みたいなものをつくり出していくのか。だから、地域の人たち同士が教え合うような場をどうやってつくるのかというのが大事かもしれませんし、どういうふうに地域づくりや健康づくりを実現させていくのかを、われわれ市民の力をつないでやっていくことが重要になってくると思います。

(中略)

できれば今回お話したように、地域の人たちが、健康や地域の活性化など、自分たちがやりたいことを持ってきて、その住民参加団体に寄与することが市場、民間側からも出てきてほしいです。行政は行政だけで全部やってしまおうというのではなくて、市民とともにやっていく。行政がこれまでやらないといけなかったことを、一部肩代わりしてくれるような。だから、おっしゃるとおりで、市民と行政が一緒になって、プロジェクトを進めていくというのが、これからますます重要になっていくと思います。

そのことについて、行政の人もいるから、注意しないといけない点だけ、お話ししておきます。行政が住民参加という場合、行政が住民にやってほしいと思っていることが何個かあるんです。防犯・防災とか、道路の清掃とか、地域福祉とか社会教育などは、住民にやってほしいと思っていると思います。でも、住民のほうは音楽イベントをやりたいとか、チャレンジショップを開いてみたいとか、コミュニティカフェをやってみたいとか、ガーニングをやってみたいとか、そういう希望がある。つまり、住民が街のためにやりたいと思うことと、行政が住民にやってほしいと思うことには、ずれがあるんです。こっちを手伝ってくれと言われると、ボランティア組織みたいになってくるんです。行政から言われたからやる。これは、参加はありますが、楽しさがないといけないんです。「楽しさなくして参加なし」と言ったのは、住民の人たちがやりたいと思う楽しさを実現させて、結果的にこれを担ってくれることが大事だからです。ここの間を結び付けていくのが、コミュニティデザインの仕事だと思います。

つまり、音楽イベントをやればやるほど、道路がきれいになって、福祉になるような音楽イベントはどういうものかを考える。ガーデニングもやりたいと言っているんだから、やってもらわなきゃいけないんです。ガーデニングをやればやるほど、社会教育になって、道路がきれいになって、防犯にもつながるようなものを考えることが大事なんです。だからこそ、行政はそこにお金を出せるわけです。それがなくて、住民がやりたいことに予算を付けるなんて、それは通らないです。だから行政がやりたいことと、住民がやりたいことを引っ付けていく。ガーデニングの場合なら、道路の街路樹の下でガーデニングをやってもらう。例えば、平日の5日間でもいい、水やりとか、草抜きを、朝7時半にやりましょうと。5人ぐらいのチームを決めて、一人ずつ1回、それをやりに来る。そこが例えば通学路になっていれば、子どもたちの登下校に対して、そこでガーデニングをやってくれるだけで、見守りになる。そういう組み合わせはできないのか。そんなことを住民と話し合って、プログラムやイベントをデザインしていく。どちらかがやりたいことだけをやるというのは、なかなか通らない話になると思います。

先ほどの隙間を埋めるという話は、単に行政の予算を小さくすればいいわけでもないし、単に住民がやりたいことを実現させるのが行政の仕事でもないので、ここがアイディアの絞りどころです。ここで、どれぐらい生き生きとしたアイディアが生まれるかによって、住民が持続的に参加したいと思えるかどうかが決まります。やればやるほど地域のためになって、地域の人たちから感謝されるような関係性を生み出すもの。自分がガーデニングをやっただけで、毎朝子どもたちの見守りになって、有難うと言われれば、悪い気はしないですよね。それなら、また来週やろうかなと思う。そんな感じにするには、どういうふうにすればいいかと。

付け加えると、商業の人たちが住民ボランティアを集めて、今度イベントをやるから、ここを手伝ってほしいと思うことと、住民がそのイベントの中でやりたいと思っていることにも、ずれがあるのかもしれません。商業の側は、駐車場案内とか、受付をやってほしいと思っても、住民のほうはやりたくないかもしれないですね。ですから、何かを一緒にやっていこうと思うのなら、どうやって、彼らのやりたいことをやっただけ、商業のほうもやってほしいことを実現させるのかを考える。これは彼らと話し合わないとできないことです。住民、市民の方に集まってもらって、単なる表面だけの話ではなくて、何をやりたいのか、どこを目指しているのか。それならこういうやり方があるという話し合いをして、納得して物事を進めていかないと、長く続かないと思います。少しずつ腑に落ちるかたちで、行政と市民、あるいは商業施設と市民の方々の間をとりもっていく。

(中略)

  • 質問:市民が集まって活動をしてもらう場合、駐車料金などの問題があるが、ほかの地域でその解決法は?

○山崎:下関は、有料の駐車場とかが多くて、なかなか中心部にみんな出てくるにしても、コストが掛かってしまうので、その部分、他の地域でうまくいっている例はないのかというお話しでしたが、例えばさっきのマルヤガーデンズにしても、駐車場はデパートの横に付いていますので、みんな駐車場の料金を払ってきています。よくお話をするのは、佐賀のプロジェクトがよく似た事例かもしれないですね。

こういうようなことを考えています。さっきの言葉とは違う言葉になりますけど、「趣味」というのがあって、「労働」というのがあって、これは真ん中で2つに分かれているのではなくて、労働的要素を持った趣味です。趣味的要素を持った労働があって、僕らはできれば趣味半分ぐらい、仕事半分みたいにしたいと思っています。100%労働みたいな仕事もあると思います。お金をもらって何かをやるもの。ここには、ワークショップに参加してくれていた人たちのものを入れていますが、雇用に近づきます。仕事としてやるもの。

もう一つ、こちら側には、小遣い程度でももらえればうれしいというもので、結構趣味っぽいものです。有償ボランティアという言葉が出てきたりします。こちら側は、少しお金を出し合って楽しむ感じのもの。さらにここは、お金を出して楽しむもの。趣味だから、完全にお金を出す。旅行に行ったり、テニス、バスケット、スキー、合コン。こちらをやるのもいいけれども、少し街のためになって自分たちが楽しい範囲でやる人もいる。ここをどうやってつくるかを、われわれのプロジェクトでやることが多いですね。

だから、駐車場の料金というような話は、これよりもこちらのほうへずれてしまうと、なぜ街なかにボランティアをしに来ているのに、駐車場がただにならないのかという話になってしまいます。完全にこちら側にくれば、駐車場代も自分で払ってやるに決まっているわけです。それは小倉に行ってもそうでしょうし、博多に行っても電車代は払うでしょう。それは、そこに行って買い物したいし、スキーに行ったらリフト代を払うわけですから。だから、それよりは少し社会的だが、大半、自分たちが楽しんでいるという、そういう活動方法を何と呼べばいいのか、ちょっと分からないですけど、それを街なかでつくりたいと思っています。

たまたま、これは佐賀の場合は、みんないろいろ話し合っていて、そういうのは「よか」、地域にとっても「よか活動」と言って、ひらがなで、みんなが「よか活動」と呼ぶようになりました。そういうものを地域の中でつくり出すと、行くのが楽しいし、そこで集まっているメンバーが気の合う人たちだったり、おしゃれだったりして、活動の話だけではない話をしています。夜みんなでご飯を食べに行ったりもしているという。その辺の魅力をうまく社会性、公共性につなげていく。駐車場をただにしてくれみたいな話は、そもそも出ないように活動をつくっていくことを意識しています。

(中略)

今日は勢いよくしゃべってしまって、生意気な小僧と思われた方も多々あるかと思います。失礼なこともいろいろ言ったかもしれませんが、何かのきっかけになれば。

下関はもちろん歴史もあるし、活かし方もある街だと思います。これを最初にお伝えしたとおり、有識者と呼ばれる人を呼んできて、その人が言うとおりにやっても成功しないことは間違いないです。むしろ、もっと皆さん、ずる賢くなって、山崎の言うことは大半、意味ないけど、ここだけはちょっと盗んでやろうと、取捨選択しながら、勉強会を繰り返すのなら、全部信じるんじゃなくて、自分たちで価値あることを組み立てていって、最後はオリジナルで、自分たちでスキームを組み立てていく。これしかないと思います。その一部に今日の2時間がなれば有難いです。

以上で、僕の話を終わりにしたいと思います。どうも有難うございました。